東京―日記

 息子たちが横浜と日野に住んでいる。帰国してから、二人の息子宅を訪問するのを楽しみにしていた。
 8月22日の朝8時過ぎに愛用のプリウスで家を出た。この数日、夏には珍しい停滞前線の影響で各地で豪雨の被害が続出していた。特に広島市の北方では新興住宅地が山津波の被害に遭っているという報道がカーラジオから聞こえていた。幸いこの日は中部地方や関東地方には雨の予報はなかった。ウィークデイでもあったので高速道路はそれほど混んではいなかった。久しぶりの運転でもあるので、1時間半に1回ぐらいの休憩を取って、ゆっくり車を走らせた。13時前に諏訪湖サービスエリアに着いて、やや遅い昼食を摂った。妻は定番の様にざるそばの単品、僕は焼き肉定食にした。諏訪湖の水が妙に緑色が濃いのが気になったが、それは水草のせいではなく、豪雨によって流れ込んだ泥や土のせいだろうか。
 そこから一路、甲府盆地に向かって下って行くのだが、いつもは良く見える八ヶ嶽や南アルプスが見えないのが残念だった。この道路は冬場のほうがきれいだ。今回は曇り空なので期待薄だと思って、ふと前方を見ると、遠くに裏富士が見えた。雲の晴れ間から顔を出している様は大きな壁のように感じられた。富士もやはり、冬場がいい。少なくとも晩秋から早春にかけて、山頂に白く雪を冠している姿が僕たちの意識の底に住み着いているので、黒い富士はなかなか容認しがたいのだ。
 双葉SAで休憩し、土産を物色した。妻が信玄餅を購入した。次男の嫁が好きなんだそうだ。中国から持って帰ったジャスミンティーなどがあるのだが、妻は息子家族の好みなどをよく心得ている。
 大月バス停付近や八王子に入ってから何か所か自然渋滞に出会って、八王子のインターを出たのは5時半を過ぎていた。次男の家族が待ちかねていた。