中谷風の瀋陽日記

  瀋陽故宮
 故宮は言うまでもなく、太祖ヌルハチ、太宗ホンタイジの統治した時代の皇居跡だが、日本で比較すると、京都御所の内裏ぐらいの広さだろうか。そんなに広くはないが、丁寧に見て回っていたら、1日は十分に必要になる。
 急に思い立って、後日のために出かけた。午前11時半についた中街路のバス停から歩いて、15分ぐらいで故宮に到着し、見て回った。展示には割と丁寧な説明があるのだが、中国語と英語の説明に比べて、日本語の説明文があまりにも短く、かつお粗末なのに驚いた。例えば、満州八旗の正黄旗亭にある諸皇帝の佩剣の説明に「〜であり、柄には様々な玉を用いた装飾があり、美しいである。」との文章があった。やはり「美しい。」か「美麗である。」のどちらかでしょうと、日本語教師として突っ込みを入れたくなる。また、「清寧宮」の東南にある、「関睢宮」に至っては、確か「ホンタイジが皇后のためにこの宮殿を立て、皇后が公主や随人たちと面接したりするために用いた。」位の説明が表にあるが、その日本語の説明は「ホンタイジがこれを建てた。」で終わっていた。確か、「関関睢鳩」は『詩経』の国風に出てくる有名な一説、仲の良い夫婦の異称といってもよいはず、それも書いてはいなかったが、余りに粗末な「日本語」に、ある種の怖さを感じたりもした。
 というような感慨にふけっていると、雨が降ってきた。おまけに、午後の授業にプロジュクーが使えないということで、急いて帰ってきた。半分ほどしか見れなかった。