地壇ー瀋陽日記

 地壇公園へは歩いても30分以内に行ける距離だったが、2日目も咳が止まらなかった僕は、あと一駅を「安定門」駅で地下鉄に乗った。乗ったはいいのだが、反対方向の「鼓楼大街」駅に行っていることに気付いた。反対方向に乗り換えて、二駅目の「雍和宮」駅で下りた。「雍和宮」もまた、観光地の一つで、北京最大のチベット仏教の寺院として知られる。夏場の時間的な余裕があるのなら、きっと行っただろうが、今朝は寒いし、12時40分の瀋陽行きの電車(動車)に乗らなければならないから、遅くとも11時過ぎにはこちらを出て、北京駅に12時頃には着いていなければならない。それやこれやの時程を考えると、今回は地壇だけにしようと早々と決めた。
 宿舎をチェックアウトしたのが、9時半頃だったが、地壇公園の入口に着いたときは、10時を少し過ぎていただろうか。入場料は2元と安かったが、中で別料金を取られた。入場券の裏には次のような説明がある。

 北京地壇または方澤壇と称せられ、明の嘉靖9年(1530年)に創建され、今は去る四百八十余年の歴史がある。荘厳粛穆、古朴典雅な皇室の壇廟で、本来明清両王朝の皇帝が“皇地祇”の祭祀を行った場所である。我が国最大の、また保存も完璧な“祭地”の壇である。云々

 凍った路面を踏みしめて、散策する僕の目に止まったのは、やはり老人達の群れだが、ここではダンスをするグループがひときわ目についた。かなりの音量の曲に会わせて、2,30人の男女が踊っている。踊り続けていると寒くないらしく、一人でステップを踏んでいる男性などは、半袖一枚のシャツ姿で二の腕がむき出しになっている。それでも、気持ちよさそうに軽やかなステップを踏んで通りすぎる。
 僕は咳き込みながら、側らを急いで通りすぎた。
 門を入ってすぐの場所に、祭壇が設けられた方形の一角があった。工事中だったが入ってみようとすると、入場料が別にいるという。5元ほどを払って中に入ったが、天壇の皇穹宇のような、壇があって、地祇を祭る祭祀はここで執り行うのだということが知れた。
 地壇公園にこだわったのは、中国語のテキストに市民の憩いの場として地壇公園があげられていたからだが、冬場のこと故、そさくさと、駆け足で回るので精一杯であった。僕はいった何を見に来たんだったっけ、地壇に。