延着−桂林日記

 桂林日記のはずが、大連日記になってしまってご心配を書けていますが、僕は無事に瀋陽についてこのブログを書いています。
 飛行機が大連についてすぐに連絡しようとしても、携帯電話が繋がらない。料金不足なのか「旅行には使用できない」と言う表示が出てくるので、思案していたら、たまたま、妻が日本から携帯していた僕の日本の携帯が使えることに気付いて、それでやっと、学校のハクさんに連絡を付けることができた。「瀋陽が雪だということで大連で下ろされたんですが、ホテルで泊まるほうを選びましたが、」というと「そうです、大雪ですよ」との返答であった。何時になったら飛行機が飛ぶのか分からないので、出迎えのハンさんに一先ず帰ってもらって、飛行機が飛ぶ前にまた連絡するということにした。
 さて、選択肢の1を選んで、案内人に先導されてバスに乗ったのだが、バスがなかなか動かない。そうこうしているうちに、青島便に乗っていた乗客は別のバスだといわれて、何人かがバスを降りていく。でも、まだ動かない。どうしたことだろうかと伺っている内に、時計は3時を過ぎていく。案の定、同じ飛行機会社の別便の瀋陽行きの旅客を待って乗客を満員にして、3時半頃、バスはホテルに向かった。飛行場の側のホテルだろうぐらいに思っていたら、豈に測らんや、バスは10km離れた市街地に向かっていた。大連にはこれまで2回来ているが、いずれも列車の旅だったので、大連周水子空港からの沿線の風景には見覚えが無い。しかも外は霙交じりの雨である。
 バスは40分程で大連駅の前のホテルに着いた。ホテル名は大連渤海明珠大酒店と書いてある。初めてのことなので、搭乗券がこんな場合は搭乗者の証明になるとは知らなかった。二人分の搭乗券と引き替えにホテルのキーカードを渡された。部屋に入ったのはもう4時半頃だった。入室前に、5時半に食堂に集合といわれていたので、しばらく、水分の補給と体を休めることに専念した。部屋は、ツインの部屋で、バスタブ付きのバスルーム、バスローブなどが用意されているし、部屋には備え付けの飲料水があった。妻は「これは4つ星ね」と断言した。あとで、ネットで調べてみたら、間違いなく4つ星のホテルでその部屋は1泊300元だった。
 30分ほどまどろんで、時間通り食堂に下りるとほとんどの人が旺盛な食欲を見せて、食事に余念が無かったが、僕は、わかめスープを1椀飲んで、終わりいにした。食欲が無いし、お腹の調子がまだ収まってはいなかったからだ。食事が終わりかけた頃、食事の後すぐ、飛行機に乗れるので空港に戻ると連絡があり、一行に明るい安堵感が流れた。
 部屋に戻り、出迎えに来てくれている学校の関係者に連絡を入れて、空港に向かった。空港に着くと、搭乗券の切り替え、荷物検査、身体検査などを再度行って空港ロビーで待機することになった。チケットには搭乗時間20:30と書いてあったので、水分を購入して搭乗時間を確認するために搭乗口に行くとすぐにバスに乗れという。バスに乗ってお馴染みの人びと(この頃には同じ便の人たちには顔馴染みになっていた)が待っていた。バスで20分ほど待っても発車しないで、いきなり、下車して待合室で待てという。今度は「濃霧」のためフライトできないという。さすが何人かの乗客が苛立って係員にくってかかったりしていたが、概ねの人は大人しく指示通りに行動していた。20時前になってようやく搭乗できるということになって、ハクさんに電話を入れた。「20時30分に搭乗できますので、瀋陽には21時30分頃には着くと思います」「ハンさんは12時前には迎えに行って、渋滞で学校に戻ったのが午後6時過ぎだったんですよ」とのことだったが、日頃の体調では無い僕は無理に頼み込んで、誰か迎えによこして欲しいと依頼した。
 しかし、この時間設定が甘すぎたのであった。(つづく)