草原ーハイラル紀行

 表題を「草原の草笛」とすることにしていた。
 それは、ノモンハン(諾門汗)からホロンバイル(呼倫貝尓)の帰路、省道202号線を走行していた時だ。途中で遅い昼食を摂ってから2時間ほどしていただろうか、尿意を催してきたので草原の中で車を止めて貰った。同行の妻は「えーっ、こんなところで」と非難がましい視線を送っているが、そこは男の特権とばかりに草地のなかに踏み入ってみた。秋の草花がいくつか可憐な花をつけていた。
 草原の秋は7月頃の夏の草原ほどきれいではないという。短い夏を満喫するように、春の花、夏の花が草原一帯に咲き誇るのだという。しかし、秘かに咲いている秋の花もなかなか捨てた物ではない。
 用を足し、写真撮影がてらウロウロしていると、運転手のコさんが草笛を吹き出した。釣られて、ガイドのハクさんも草を口に含んで吹き出した。草原を渡る風に乗って、二人の草笛が流れていく。「雲雀の鳴き声のようだろう」とハクさんがいう。
 秋色にはまだ遠い緑の草原の遠くに放牧された乳牛が群れになって家路に急ぐ。真っ直ぐな道路には僕たちの車以外には何もない。風と薄曇りの空と草の匂いと草笛。これがモンゴルの草原なのだと、思わず叫びたくなった。
 コさんが草を何本か抜き取って、僕たちに手渡した。稲科の植物のような草なのだが、単葉の葉は菖蒲の葉のような付き方である(写真2の長い葉の草)。鮭の切り身のような断面をしたその葉の腹側を口に含んで息を吸う。1回では音は出ないのだが、2,3回挑戦するとそのうちかすかに音が出だした。妻も同じようにして音を出している。
 4人揃って、草笛を吹きながら、草原を歩き回った。僕が一番経験していたいと思った情景が今そこに現出していた。