協働ー瀋陽日記

 石井次郎氏の貧困、苦闘、協働、栄光の閲歴を描いた『望郷と訣別を』は、今中国の東北にいる僕にとっても刺激的であり、魅力的でもある。1997年に初版が出版され、2003年6月に文庫本が上梓されたが、そこに描かれている女子労働者の実態や問題意識は10年を経過した今でも新鮮である。「深圳テクノセンター」は今も同じように活動しているのだろうか。
 石井の活動の真骨頂はユダヤ商法として示された3つのキーワードにある。
 「三つある。一つは、誰もやらないことをやる。二番目は、受けた恩義をある年齢から返し続けること。三つ目は、ドイツを強くしないこと」であった。第二番目は石井がデンマークで出会った老紳士の言葉でもある。「お礼というのは、恩になった人にだけに返すものではない。返すのは誰でもいい。困った人がおれば、救いの手を差し延べなさい。さしのべるのは順送りなんだ」。(同書「解説」関満博)。
 デンマークで若者の「駆け込み寺」のような場所を提供していたときの石井を支えていたこの思想は、その後、香港・深圳で企業活動を行ったときも彼のバックボーンとして一貫して流れていた。〈企業は利益を上げるために海外に進出するんだ。そこで儲けた金は日本に送金するだけではなく、現地にも還元しなければならない。ややもすると日本企業は、進出を決めた時点で気前よく寄付しがちだが、順序は逆だ。〉(同書・終章)とも言っている。
 「海外進出企業の現地化」が叫ばれて久しいが、これほど明確な「協働の理念(共存・共栄)」を企業経営に生かしている経営者を僕は知らない。(あるいは、もっと多くの企業人がそう考えているのかも知れないが、外国人(中国人)管理職、役員の比率の低さから見てもこの判断は間違っていないのではないかと思う。)
 いわゆる「WIN&WIN」の関係は、こうでなければならないと目を開かされた思いがした。僕のような、一介の日本語教師にとっても、この言葉は多くの示唆を与えてくれるし、身に染みるものであった。