聖誕節ー瀋陽日記

 聖誕節(クリスマス)パーティに出席するのは、2回目である。そこでいろいろな人に出会うのだが、僕の隣の席にいた女性のことを紹介しよう。
 隣席の女性は目がくりっとして愛嬌がある30前後の女性で、どこかしら中国人の雰囲気をもった人だった。その左側の2人の男性が市内のビル管理・メンテナンス会社の幹部であり、女性は真ん中に座った総経理の秘書と言った役どころであると自己紹介した。彼女は横須賀の高校を卒業して間もなく、瀋陽市内の大学に留学した。専攻は中国語だが、どのような動機で中国語を学ぼうとしたのか残念ながら聞き漏らした。大学在学中に中国人学生と恋に落ち、そのまま中国で結婚し今4才になる息子をもうけた。
 出産は日本でしたのかと聞くと、「いや中国で」と返ってきた。理由は日本だと日本国籍しか貰えないが、中国で生めば中国と日本の二つの国籍を貰えるからだという。へえ、そうなんだと感嘆していると、「それに中国語が分かりますから、何も不安はありませんでした」と彼女はこともなげに付け加えた。
 とは言え、出産には母親が日本から駆けつけてくれたともいう。1年に数回日本から2週間の観光ビザで瀋陽に来るのだ(今日も母親が息子を見ている)が、出産の時は30日のビザを申請して、付き添ってくれたとも言った。
 じゃ、子育ては旦那の両親がしているのと聞くと、いや、二人でしていると答える。偉いね、さぞかし大変だろうと言うと、日本の友達に比べるととても楽ですよ、保育園では朝昼晩の三食を食べさせて貰えるし、日本のように保育園に弁当を持って行かせる苦労もないし、朝、7時半頃に保育園に送って、5時過ぎに迎えに行くだけでそんなに心配することもない。自分ら親はそれぞれ会社で食事をするから、私が食事の用意をするのは土日ぐらいしかしないんですよと言っている。
中国ではありふれた家族の姿だ。そうでなければ、女性の就労など保障できないし、両親ともが働いているのが中国では普通の姿なのである。
 「子どもって不思議ですよね」と彼女は語り継いだ。主人とは中国語で会話をし、私とは日本語で会話をしているんですよ。私も意識して日本語で話すようにしているんですが。でも、主人の話したことを日本語に翻訳してっと言ってもできない。それでいて自然に両方の言葉で対応しているんです。
 ああ、自然にバイリンガルなんですね、と僕も感嘆すること頻りだった。
 夫との会話は中国語であり、夫の両親とも勿論中国語である。だから最初に中国人の匂いのする人だなと感じたのも理由のないことではなかった。この日本人の会には日本国籍を取得した中国人も多く参加しているのだから、僕の初めの印象は決して予断や偏見ではない。しかし、彼女の場合は10年間の中国生活が彼女に与えた影響を自然に風貌の中に醸し出していたのだと納得できた。
 「男の子は動き回るから大変ですね。とても良く喋って動き回る。付き合っていると疲れます」と彼女はにこにこと付け加えた。その点は息子しかいない僕にも理解できる感慨であった。少し早い聖母子の降誕を祝うイベントであったが、こんな母子の日常もあるのだと気持ちが良かった。決して肩を張らずに、日中の間で自然に生きている一つ家族の姿が、とても貴重なものに思えた。