瀋陽日記ー長白山

 結局、5月2日の朝9時15分発の寝台急行で長白山に向かうことになった。今度は失敗しないようにリュックサックを片時も離さないようにしたのは言うまでも無い。2等寝台(硬臥)の最上段が僕の席だった。この席は上の物音が気にならないのだが、難点は狭い上に天井が低く、背中を折り曲げなければ着替えが出来ないところだ。
 持ち込んだ白酒の水割りを飲みながら、ひたすら宮本輝『流転の海第5巻』を読みふけった。遼寧省吉林省の間を南北に走る山間を抜けようとする頃、外は激しい雨になっていた。雨の中の田園風景は妙にうそ寒いものがあると見入っていると、雨に白いものが混じっているようだ。今日は5月2日なのだ。それでもも霙が降るのかと慨嘆しながら窓辺を見ていると、移ろっていく農家の屋根にうっすらと雪が積もりはじめていた。去年の清明節に集安に言ったときもこの路線を使ったのだが、夜行だったから外の景色はほとんど覚えていない。あの時も雪だったが、まだ1か月前の4月初旬のことだったからそんなに驚きはしなかったのだが、今はゴールデンウイークの最中だ。聞くところによると、日本のゴールデンウィークも寒いそうだ。
 列車は比較的大きな梅河口市などでは10分ほど止まったりする。そんなときは、揺れないので安心して本が読める。ところが、この列車は30分ほど遅れているというアナウンスがあった。きっと雪のせいなのだろうが、このままで行くと白河到着は午前零時半を越えてしまうだろう。果たして泊まるところはあるだろうかと不安が増してくる。まあ、なるようにしかならない、と諦めてまた本を読み進めた。
 通化に着く頃まで外は明るく、本が読めたのだが、もう読めないくらいに暗くなったので、そろそろ空きが出てきた下段の席に移った。中段にいた青年もだいぶん前から下段に移っていた。彼は広東省から出張できていると言っていたが、なんと、勤め先は日系のBタイヤだという。瀋陽のBタイヤに知人がいるので、知っているかと聞くと知らないという。出張で延吉まで行くのだというから、あの辺りの経済開発区で新工場でも作るのかなと考えていた。瀋陽に戻ったら確かめてみよう。
 話しは不意に「日本には幾つの民族がいるのだ」という質問になった。「日本は単一民族で・・・」と答えだしたら、「アイヌ民族もいるのではないか」と反論してきた。確かに彼の言うとおりだ。僕もいつの間にか「単一民族神話」に毒されてしまっているらしい。中国人の認識では日本には「ヤマト民族とアイヌ民族がいる」となっているようだが、僕にとってこの「ヤマト民族」というのは、どこか違和感がある。ヤマト民族自体がクマソ族やハヤト族、クダラ族、コウライ族、リュウキュウ族、エゾ族、オロッコ族、アイヌ族といった様様な種族の混合物なのだから、一口に「ヤマト民族」といってしまうのに何か抵抗感がある。
 話題は一転して「日本人中国人祖先説」になった。例の徐福伝説だ。多くの中国人が徐福が和歌山に上陸して、大和朝廷を築くのに影響があったと考えているようだ。
 列車はまもなく白山市着こうとしていた。